『なぜゴルフ場は18ホールなのか』

年末年始はつい軽めの本を好んで読んでしまう。どうやらHONZ代表の成毛も同じ症状のようなので、世の中にはきっと同じ症状の本読みがたくさんいるのだろう。そんな人にオススメなのが本書である。タイトルでもある「なぜゴルフ場は18ホールなのか」など、世の中に溢れる数のいわれを解き明かす良書に仕上がっている。1項目1トリビアでそれぞれ2〜5ページなので通勤時間に読むのにちょうど良い。一冊読み切ると新年会でちょっと会話に途切れた際に使える75ものトリビアを覚えられる。

例えば、東京スカイツリーの高さ634mはなぜ「むさし」の語呂合わせなのか。もともと放送事業者からは600m級の新タワー建設が望まれており、当初の計画では610mや666mという案があったそうだ。しかし建設会社である東武タワースカイツリー会社から「覚えやすく印象に残る数字にしたい」との強い要望が出され、最終的に634mに決定された。スカイツリーが立つ周辺地域は昔、武蔵国(むさしのくに)と呼ばれており、地元に息長く根付いて欲しいとの思いから「むさし=634」の語呂合わせにしたそうだ。

第二次世界大戦にて使用された戦闘機「零戦」の名前はなぜゼロがつくのか。旧日本海軍では神武天皇即位の年(紀元前660年)を元年とする紀年法を使用しており、その皇紀2600年に制式採用された戦闘機の下二桁のゼロをとって「零式艦上戦闘機」と命名、通称「零戦」と呼ばれるようになったそうだ。

本書が扱う数のトリビアの中で、もっとも驚いたのは銀行が午後3時に閉まる理由。1890年に制定された『旧銀行法』で、現金・小切手の処理や振込・集金の伝票処理などのために午後3時に窓口を閉めても良いとされたことを起源としているそうだ。現在の『銀行法』では各銀行が営業時間を独自に決められるようになっているのに、これまでバカ正直に100年以上に亘ってその慣習を守り続けている。郵便局でも午後5時までやっているのに午後3時までとは時代錯誤な気がするのは私だけだろうか。

他にも「野球が9イニングである理由」「メタボの基準が男性85cmの理由」「視力の単位が0.8や1.2などの数値を使う理由」「名刺が今のサイズになった背景」など、本書は数々のトリビアを紹介している。ただ本書を読んで「へー」で終わるのは少しもったいない。トリビアトリビアでそれぞれ面白いが、一番面白いのは各数値の裏にある人間ドラマである。東京スカイツリーの高さや野球が9イニングである理由など、その裏には当事者たちの四苦八苦の末の決断がある。本書を読んで「ヘー」と頷きながら、そんな人間ドラマを垣間みることをオススメする。

ちなみに本書のタイトルである「なぜゴルフ場は18ホールなのか」は是非本書を手に取って確認して欲しい。このトリビアの裏にもゴルフ発祥地イギリスならではの人間ドラマがあるのである。

『ハーバード流宴会術』

ハーバード流宴会術

ハーバード流宴会術

おいおい、こんなネタバレ本を出しちゃっていいのかよ?

本書を読み終わった後の正直な感想である。「ハーバード流」なんて枕言葉がついているが、なんてことはない、要は「総合商社マンの宴会術」である。これまで暗黙知として脈々と受け継がれてきた商社マンの伝統的な宴会術を体系的に整理し直したのが本書。若手商社マンが数年かけて学ぶことをまとめている貴重な一冊だ。

著者は元商社マンでハーバード大学MBAホルダー。もともと下戸でシャイで宴会嫌いだったそうだが、商社に入社後、地獄の宴会千本ノックを受け、宴会術がすこぶる上達。「参加者がどれくらい楽しんでいるかが色で見える」という域にまで達した宴会の達人である。その後、ハーバード大学経営大学院に入学して勉学に勤しんだそうだが(ちなみに同期はライフネット生命副社長の岩瀬大輔氏)、在学中にアメリカのジャンクフード・バッファローウィングの全米調理選手権に出場し全米優勝という異色の経歴の持ち主である(彼の大学院生活に関しては前著『パンツを脱ぐ勇気』が詳しい)。

そんな少し変わった著者が今回上梓するのは、ハーバードMBAで学んだ知識をもって商社マンの宴会術を体系化させるというもの。「くだらねー」と思うかもしれないが、侮ることなかれ。宴会の場所選びから、合コンのアイスブレークテクニック、外国人をもてなすホームパーティーのコツまで、これらをマスターできれば宴会だけでなく、仕事も出来る奴と思われること必至。下手なビジネス書を読むよりよほど価値ある一冊である。毎年新入社員に贈りたいほどだ。

例えば本書が紹介するテクニックの一つは、飲み会場所を決める際にグループ内の母上(お局様)と姉御(存在感ある女性)に相談すること。彼女達に相談して「あら、私に相談するなんて、いい子ね」と思われれば大成功である。幹事としては最大のサポーターを得たも同然。彼女達を味方にすることで、当日までの人集めや目上の人への口利きなど色々な場面で助けてもらえるのだ。

別に彼女達向けに限ったテクニックではなく、要はキーパーソンを予め巻き込むのが大事なのである。下準備ない飲み会は当日盛り上げるのが難しいが、飲み会を盛り上げてくれるキーパーソンをあらかじめうまく巻き込んでおけば、当日の会は自然と盛り上がっていくものである。

その他にも、本書には、合コンでの自己紹介の仕方、なるべく多くの人を二次会まで連れて行く方法、結婚式二次会で参加者を泣かせる方法、一発芸で笑わせるコツなどなど、宴会テクニックが惜しみなく紹介されている。きたる新年会のシーズンに向けて、一読しておくべき一冊だろう。斜め読みできて、短時間で読みきれるので忙しい年末年始にはもってこいだ。

『闘う物理学者!』

闘う物理学者! (中公文庫)

闘う物理学者! (中公文庫)

自由奔放・奇想天外な人生が好きな人には本書がオススメだ。

様々な著名物理学者の人生を紹介するのが本書。物理学者というと頭が固くて気難しい人をイメージする人もいるかと思うが、実は風変わりで冒険的な人が多い(もちろん本書で紹介されるような人たちはみな頭脳明晰)。

例えば旧ソビエトの異端児、レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ。幼い頃から数学的才能を発揮し、わずか13歳で微分積分を習得、19歳の時には既に大学を卒業、超流動現象に関する研究でノーベル賞を受賞している、いわゆるエリート物理学者だ。他の物理学者と一緒に執筆した『理論物理学教程』は、『ファインマン物理学』と並ぶ二大物理学教科書として世界中で読み継がれており、物理学をかじったことのある人ならその名を知っているだろう。

そんな秀才ランダウであるが、人物像はハチャメチャだ。エイプリルフールには、同僚の物理学者たちに点数をつけて壁に張り出したり、バカにしていた同僚の物理学者に「今度、ノーベル賞委員会が君にノーベル賞を授与するから主な論文を私のところまで持ってきて」と言い、その物理学者が実際に論文を持ってくると「あれは単なる冗談さ」と笑い飛ばす。また私生活では妻子がいたが、自ら自由恋愛主義者を名乗り、自由奔放に女性と遊び、妻や弟子にまで不貞を奨める始末。まったく、お茶目というか、大人げない大人である。

もちろん、『ご冗談でしょう、ファインマンさん』や『ファインマン物理学』で有名な物理学者、リチャード・ファインマンの奇抜な人物像も紹介している。素粒子の反応を図示化した「ファインマン・ダイアグラム」でノーベル賞をとったほどの人物であるが、夜な夜なストリップ劇場で食事しながら物理の計算していたり、ノーベル賞を受賞した際のコメントが「面倒くさいから断る」だったりと、破天荒ぶりが目立つ(ファインマンに関しては有名な逸話がゴロゴロあるが、それは『ご冗談でしょう、ファインマンさん』に譲る)。

他にも、老練な政治家(ローマ法王)による政治論争に巻き込まれたガリレオ・ガリレイの話、宇宙の存在に神様は必要ないと言い切り、それが原因で敬虔なクリスチャンである妻と離婚しているスティーヴン・ホーキンの話や、自らが発見した幾何学模様が無断でトイレットペーパーの柄に使われていることに腹をたてて訴訟まで起こしているロジャー・ペンローズの話など、どれも読んでいて面白い。

紹介されている物理学者たちに共通していることは、人の目を気にせず、遊びも含めて自分のやりたいことをやり通している点である。痛快な読了感はなんとも言えず、人の目を気にして真面目にコツコツと仕事する人生はアホらしく感じてくる。文庫本1冊たった700円で人生観が変わるなんて、とっても効率的な投資である。

『オーケストラは未来をつくる』

オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦

オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦

サンフランシスコ交響楽団、今一番注目を集めているオーケストラだ。
楽団の自主レーベル「SFSメディア」が制作したマーラー交響曲全集は7つのグラミー賞を受賞。世界中から旬なオーケストラを集めるスイス・ルツェルン音楽祭にも近年継続出演。さらに昨年はクラッシック音楽の本場ウィーンにてアメリカのオーケストラとしては異例の四公演を行った(通常は二公演)。今まさに旬の、集客できるオーケストラである。

だがそんなサンフランシスコ交響楽団も、かつては地味でローカルな存在だった。アメリカのオーケストラと言えば「ビッグ・ファイブ」と称されるニューヨーク・フィル、ボストン響、フィラデルフィア管、シカゴ響、クリーブランド管であり、サンフランシスコ交響楽団含むそれ以外の楽団は従来「ビッグ・ファイブ」の影に隠れることが多かった。では、サンフランシスコ交響楽団はどのようにして世界に注目されるオーケストラに成長してきたのだろうか。そんな謎に答えるのが本書である。

著者は、音楽監督によるリーダーシップ、理事会のアート・マネジメント、シリコンバレーとの交流、最新テクノロジーの活用などを切り口にクラシック音楽界の謎に切り込んでおり、オーケストラ関連本にありがちなマニアックな歴史や登場人物の話は少ない。クラシック音楽関係者にしては珍しい本を出してるなと思い、巻末の著者紹介を確認したら納得がいった。銀行で勤務経験のある、MBAホルダーだったのだ。分析が経営視点なのでビジネスマンにも読みやすい本である。

筆者はサンフランシスコ交響楽団の成功要因をいくつも挙げているが、その中でも著者が一番ベタ褒めするのは音楽監督(指揮者)のクリエイティビティ。あまたひしめく一流指揮者たちの中で指揮者ティルソン・トーマスが自身の差別化に使っている武器は、若い頃から偉大な指揮者レナード・バーンスタインと比較され続けてきた彼の技術力ではなく、テクノロジーの活用だったのだ。

多くのオーケストラが手間をかけずにコンサートを録音したものをCDにしていた2000年代初期、ティルソン・トーマスは逆張りの発想で、演奏も録音も徹底的にこだわりぬいたCDを制作している。これ以上はできないという最高のものを作るために彼が活用したのは、当時世に出て浅かったSACDフォーマットとDSD録音。これら最新テクノロジーを駆使したマーラー交響曲のCDは世界中から大反響を呼んだ。

そんなティルソン・トーマスが最近力を入れるのは、クラシック音楽とヴィジュアル・アートとのコラボレーション。オーケストラがクラシック音楽を奏でる最中、映像を用いて空間を演出するのである。Googleが全面バックアップしたYoutube Symphony Orchestraではコンサートホールの内部だけでなくシドニーのオペラハウス外壁にも映像を映し出して話題をさらった。

そんな今まさに旬のサンフランシスコ交響楽団は、今月日本に来日する。実に15年ぶりの来日である。チケットはほぼ完売だが、幸いS席のみまだ空きがあるようだ(2012年11月4日現在)。S席で19,000円であるから、彼らの実力を鑑みるに割安価格。本書とチケットを買って両方楽しめれば、2012年の思い出になるだろう。さぁ、早い者勝ちである。

『ルリボシカミキリの青』

ルリボシカミキリの青

ルリボシカミキリの青

本書を読み進めていると何歳か若返った気分になる。人気科学者である著者が生命のセンス・オブ・ワンダーを次々と紹介し、読んでいるとなんだかワクワクするのだ。エピローグはこんな感じ。科学エッセイなのにまるで小説のよう。

あこがれたのはルリボシカミキリだった。小さなカミキリムシ。でもめったに採集できない。その青色は、どんな絵の具をもってしても描けないくらいあざやかで深く青い。こんな青は、フェルメールだって出すことができない。その青の上に散る斑点は真っ黒。高名な書家が、筆につややかな漆を含ませて一気に打ったような二列三段の見事な丸い点。大きく張り出した優美な触角にまで青色と黒色の互い違いの模様が並ぶ。私は息を殺してずっとその青を見つづけた。


本書は人気科学者のエッセイ集。今般文庫版となり、持ち運びが便利になった。エッセイ集なので扱うテーマは昆虫・狂牛病・料理・遺伝子・小説『1Q84』など多岐に亘っているが、軸となるのは生物学の神秘だ。敵であるスズメバチを蒸し殺すことができるミツバチの発熱作用を紹介したり、蝶がさなぎから生まれでる羽化の瞬間を描写したりする。読みながら思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。

そして大概のテーマが辿り着く先は、著者が提唱する生命の動的平衡の原理。一見、難しそうな原理だが、読者の理解レベルに合わせて解説している(それも、科学者らしくない?リズミカルな文章で)。例えば、小学6年生相手には、自分が出したCO2の行方を想像してもらう。吐き出したCO2が植物に吸収され、その植物が虫に食べられ、その虫はさらに他の動物に食べられ、最後は人間にまた戻ってくるという動的平衡を想像してもらうのだ。食物連鎖を通して、生物界が動きながら絶妙なバランスを保っているという生命の本質を伝えている。現代科学にありがちな事象の細分化・カテゴリー化によって物事を本質を探ろうという手法とは一線を画くしている。

著者の本業の研究も紹介する。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』刊行時にはまだ解明されていなかったGP2遺伝子に関する記述もある。消化管にたくさん存在するGP2タンパク質は、長い間その機能が謎に包まれていたが、著者のノックアウトマウス実験によってその役割が判明した。GP2は消化管に入ってくるバイ菌を捕まえる大事な役割を担っていたのである。この発見は病原性ウイルスの予防やアレルギー症状の軽減などに貢献するかもしれず、画期的な発見として科学誌の権威『ネイチャー』に掲載された。そんな大発見の裏では、実はほぼ諦めかけていた著者に光明が差す過程があったことなど、科学界の裏話も紹介されているのだ。

本書は『週刊文春』に掲載されていた著者のコラムがベースとなっているので、基本的には大人を対象に科学の楽しさを伝えている。しかし、本書を読めば読む程、著者が本当に伝えたい先は、読者を介した子どもたちに思えてならない。著者も最後に告白しているが、本書の隠れテーマは科学好きを増やすための教育論なのだ。

きっと本書を読んだ読者は、著者が紹介する科学の楽しさを一人で溜め込むことができないだろう。どうしても誰かと共有したくなるはずだ。そんな時、伝える相手として最適なのは子どもたち。彼らはすねた大人と違い、きっと耳が痛くなるほどの感嘆の声をあげてくれるだろう。そして次に著者の言葉を借りて、こう伝えるのである。

調べる。行ってみる。確かめる。また調べる。可能性を考える。実験してみる。失われてしまったものに思いを馳せる。耳をすませる。目を凝らす。風に吹かれる。そのひとつひとつが、君に世界の記述のしかたを教える。

『通貨戦争』

通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!

通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!

2009年3月17日と18日、軍・情報機関・学界・シンクタンク投資銀行等の専門家60名が、厳重なセキュリティ・チェックを受けないと入れないワシントンDC近くにあるAPL戦争分析研究所内に密かに結集していた。彼らは皆、アメリカ国防総省ペンタゴン)が後援する初の金融戦争シミュレーション・ゲームの参加者である。

アメリ国防省は、敵対国もしくは過激派が通貨、株式、債券、デリバティブなどを用いて金融攻撃してくることを警戒している。ペンタゴンで働く軍人やスパイ達は肉体的な力は有り余るほど持っているが、クレジット・デフォルト・スワップCDS)で一国を破壊する方法は全くの無知なのだ。他国からの金融攻撃に対して、どう対処すればよいのか全く検討がつかない。特に彼らが警戒したのは米ドルに対する信任を打ち砕かれるという悪夢。ドルが崩壊すれば、それとともに全てのドル建て市場が崩壊し、社会は大混乱に陥ってしまうことが確実だからだ。

2日間のシミュレーション・ゲームでは、ロシア(に扮したチーム)が金を裏付けとした新通貨を発行し、ロシアの石油・天然ガスは米ドルではなくその新通貨で決済することを義務づけるなど、米ドルの信任を揺さぶる攻撃がなされた。それにも関わらず、アメリカ(に扮したチーム)は効果的な対応策をうてず、アメリカの安全保障は金融攻撃に脆いことが露呈される。

本書の著者はこのペンタゴンが実施した初の金融戦争シミュレーション・ゲームの推進者。上述のストーリーを含む本書はアメリカで上梓されて以降、New York Times Best Sellerリストに名を連ねるほど売れた本だ。

筆者は現在、世界経済は通貨戦争まっただ中であると分析する。攻撃を最初に仕掛けたのは、アメリカ。量的金融緩和政策(QE)という”秘密兵器”を発動させることで、意図的に米ドルの価値を下げて輸出で儲けようとしている。歴史を振り返ると、これはアメリカの常套手段である。1985年のプラザ合意の際は、日本が標的であったが、今回の標的は人民元安を維持しようとする中国。人民元切り上げを声高に叫んでいたガイトナーアメリカ財務長官の姿はまだ記憶に新しい。

話は少しずれるが、アメリカ量的金融緩和政策のとばっちりを受けているのが、中東やアフリカといった国々だ。中東では、米国内で行き場を失ったドルが中東に大量流入することでインフレが起きており、「アラブの春」の遠因となった。アフリカでは、同じく行き場を失ったドルが食物や原油などのコモディティ市場に流入することで商品価格が高騰し、貧困層はますます生活必需品を買えなくなっている。

このまま通貨戦争が深刻化し、反対に他国がアメリカに攻撃を仕掛ければ、ドルは崩壊する危険にあると著者は警告する(攻撃してくる可能性ある国は、中国・ロシア・イランとしている)。金融シミュレーション・ゲームで判明した通り、攻撃方法はいくらでもあるのだ。ビル・ゲイツは『ワシントン・タイムズ』で次のように述べている。

アメリカ政府の高官や外部のアナリストたちによると、国防総省財務省、それにアメリカの情報機関は、経済戦争や金融テロがアメリカにもたらす脅威について積極的に研究してはいない。『その分野には誰も行きたがらないんだ』と、ある高官は語った」

実際に米ドルが崩壊する事態に陥った際、日本はどうすべきなのだろうか。そんな視点から本書を読みすすめることをオススメする。アメリカと協調して米ドルを買い戻すべきなのだろうか、次なる世界秩序(筆者が提唱する通り金本位制になること)を見越して金を蓄えておくべきなのだろうか、はたまたいつもの通り何もせずに黙って見ているのか。

『ネゴシエイター』

ネゴシエイター―人質救出への心理戦

ネゴシエイター―人質救出への心理戦

著者は誘拐犯や人質立てこもりの犯罪者との交渉を担当するプロフェッショナル、通称「交渉人」(ネゴシエイター)。本書は、彼がこれまでに担当してきた事件の中身を綴ったノンフィクションである。事実は小説より奇なり、とはこのことのだろう。これまで交渉人を扱った小説や映画は沢山あるが(ジェフリー・ディーヴァ―の出世作『静寂の叫び』、ブルース・ウィルス主演の『ホステージ』、『踊る大捜査線』のスピンオフ『交渉人 真下正義』など)、本書の方が圧倒的に緊迫感あり、手に汗握る展開である

普段、交渉人の活動が世間で注目を浴びることはないが、戦場最前線の兵士と同じく、交渉人とは地球上で最も緊迫した活動を行っている職種の一つである。彼らの失敗は即他人の生死に直結してしまう。そんな緊張感の中、自らの洞察力、状況分析力、交渉力を駆使して人質の救出を目指すのだ。

統計によると、誘拐事件において警察やSWATなどの救出作戦によって無事生還する人質の割合はたった21%である。映画ではかっこいい救出劇によって毎回人質が解放されるが、現実は5回に4回は失敗するのである。こんな数値を見せられると、万が一自分が誘拐にあったり、親族が人質にとられたりする場合、頼むから救出作戦してくれるな、と思うだろう。ちなみに誘拐事件の70%は身代金の支払いで解決される。

自分や愛する人の大切な命である。金で解決できるなら借金してでも解決したい。でも高い金額を払って相手が味をしめ、再度誘拐されるような事態にはなりたくない。そんな時に頼れるのが交渉人である。治安維持が本質的な目的である警察は、犯人逮捕を優先しがちで、人質の安全確保を最優先としたい被害者と合致しない可能性がある(もちろん日本の警察は素晴らしいので人質の安全を最優先としてくれるとは思うが、警察の本質的な業務はそれではない)。一方、交渉人は被害者側に立ち、犯人側と交渉する。人質の命をいかに確保し、できるだけ相手側の要求額よりも低い金額で妥結するかに専念してくれるのだ。

ではとうやって交渉人は犯人と交渉をするのか。まず重要なのは状況分析力である。例えば、アフガニスタンでの誘拐事件を担当した際、交渉人である著者は犯人側が送ってきた人質の生存証明ビデオを観て、犯人が人質を惨殺する気がないことを瞬時に察する。ビデオの中で人質は頭に銃をつきつけられ、目を真っ赤にしているにもかかわらずだ。プロの交渉人である彼は、ビデオの中で人質の隣で銃を突き付けている男の足の爪先が退屈そうに一瞬丸まるのを見逃さなかったのだ。本気で人を殺そうとしている人間はそんな緊張感のない動きはしない。この点を分析できれば、あとは身代金額次第で解決できるはずなので、身代金額の減額交渉に専念できる。あまり紹介しすぎるとネタバレになってしまうのでこれ以上書かないが、その他にも時間の使い方や交渉中の独特な論理展開によって交渉人は犯人が人質を解放するよう働きかけていくのである。

本書で紹介されている事件は多岐に亘っている。金持ち家族の誘拐事件、アフガニスタンでの誘拐事件、ソマリア沖海賊による誘拐事件、人質立てこもり事件、芸能人の誘拐事件など。場所、手口、解決方法とそれぞれてんでバラバラであるが、一つだけ共通することがある。犯人側が必ず貧しいことである。経済の鈍化・失業者の増加が必ずしも誘拐を増発するとは思わないが、金を稼ぐ手段がない時、人は生き延びるためにあらゆる手段を考えるようになる。誘拐というビジネスがが、一つの現実的な選択肢となってしまうのだ。最初は手に汗握ってストーリーの緊迫感を楽しんで読んでいたが、最後は「うーん」と考えさせられる、そんな本である。

ネゴシエイター―人質救出への心理戦

ネゴシエイター―人質救出への心理戦

著者は誘拐犯や人質立てこもりの犯罪者との交渉を担当するプロフェッショナル、通称「交渉人」(ネゴシエイター)。本書は、彼がこれまでに担当してきた事件の中身を綴ったノンフィクションである。事実は小説より奇なり、とはこのことのだろう。これまで交渉人を扱った小説や映画は沢山あるが(ジェフリー・ディーヴァ―の出世作『静寂の叫び』、ブルース・ウィルス主演の『ホステージ』、『踊る大捜査線』のスピンオフ『交渉人 真下正義』など)、本書の方が圧倒的に緊迫感あり、手に汗握る展開である

普段、交渉人の活動が世間で注目を浴びることはないが、戦場最前線の兵士と同じく、交渉人とは地球上で最も緊迫した活動を行っている職種の一つである。彼らの失敗は即他人の生死に直結してしまう。そんな緊張感の中、自らの洞察力、状況分析力、交渉力を駆使して人質の救出を目指すのだ。

統計によると、誘拐事件において警察やSWATなどの救出作戦によって無事生還する人質の割合はたった21%である。映画ではかっこいい救出劇によって毎回人質が解放されるが、現実は5回に4回は失敗するのである。こんな数値を見せられると、万が一自分が誘拐にあったり、親族が人質にとられたりする場合、頼むから救出作戦してくれるな、と思うだろう。ちなみに誘拐事件の70%は身代金の支払いで解決される。

自分や愛する人の大切な命である。金で解決できるなら借金してでも解決したい。でも高い金額を払って相手が味をしめ、再度誘拐されるような事態にはなりたくない。そんな時に頼れるのが交渉人である。治安維持が本質的な目的である警察は、犯人逮捕を優先しがちで、人質の安全確保を最優先としたい被害者と合致しない可能性がある(もちろん日本の警察は素晴らしいので人質の安全を最優先としてくれるとは思うが、警察の本質的な業務はそれではない)。一方、交渉人は被害者側に立ち、犯人側と交渉する。人質の命をいかに確保し、できるだけ相手側の要求額よりも低い金額で妥結するかに専念してくれるのだ。

ではとうやって交渉人は犯人と交渉をするのか。まず重要なのは状況分析力である。例えば、アフガニスタンでの誘拐事件を担当した際、交渉人である著者は犯人側が送ってきた人質の生存証明ビデオを観て、犯人が人質を惨殺する気がないことを瞬時に察する。ビデオの中で人質は頭に銃をつきつけられ、目を真っ赤にしているにもかかわらずだ。プロの交渉人である彼は、ビデオの中で人質の隣で銃を突き付けている男の足の爪先が退屈そうに一瞬丸まるのを見逃さなかったのだ。本気で人を殺そうとしている人間はそんな緊張感のない動きはしない。この点を分析できれば、あとは身代金額次第で解決できるはずなので、身代金額の減額交渉に専念できる。あまり紹介しすぎるとネタバレになってしまうのでこれ以上書かないが、その他にも時間の使い方や交渉中の独特な論理展開によって交渉人は犯人が人質を解放するよう働きかけていくのである。

本書で紹介されている事件は多岐に亘っている。金持ち家族の誘拐事件、アフガニスタンでの誘拐事件、ソマリア沖海賊による誘拐事件、人質立てこもり事件、芸能人の誘拐事件など。場所、手口、解決方法とそれぞれてんでバラバラであるが、一つだけ共通することがある。犯人側が必ず貧しいことである。経済の鈍化・失業者の増加が必ずしも誘拐を増発するとは思わないが、金を稼ぐ手段がない時、人は生き延びるためにあらゆる手段を考えるようになる。誘拐というビジネスがが、一つの現実的な選択肢となってしまうのだ。最初は手に汗握ってストーリーの緊迫感を楽しんで読んでいたが、最後は「うーん」と考えさせられる、そんな本である。