『エネルギー論争の盲点』

エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書)

エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書)

地震後に刊行されたエネルギー関連本で一番のオススメ。本書のタイトルに騙されてはいけない、本書の凄みはエネルギー論争の盲点を突くことではなく、人類とエネルギーの歴史を100ページ程にまとめていることだ。これだけ質の高い情報を得るのに777円は安すぎる。

本書の後半に書かれている政策提言の詳細は他のブログにお任せする(http://goo.gl/OTUhe)。要は、原発の穴を埋めるのは、再生可能エネルギーではなく、天然ガス(特に発電効率が高く、CO2排出量が少ない天然ガス・コンバインドサイクル)だと書いているのだが、エネルギービジネスの実務に携わっている人たちにとっては常識的な内容だ。

それよりも本書の前半部分が面白い。エネルギー問題を軸とした人類200万年の歴史がたった100ページに纏まっているのだ。僕は出張の帰りの飛行機の中で本書を読んだのだが、何度も「へー」とつぶやきながら読んだ。あまりにも「へー」とつぶやいていたので、隣のおじさんは僕が読むこの本に興味津々で、チラチラと盗み見していた。きっとあのおじさんは成田に着いてから真っ先に本書を買い求めたはずだ。

いくつか「へー」とつぶやいた箇所を抜き出してみる。人類最古の文明であるメソポタミアはエネルギーの大量消費による環境問題によって滅びたそうだ。20〜30万人の人口を抱える中心都市を繁栄させるためには大量のエネルギー(建造物に使われるレンガを焼くために必要な薪炭)が必要で、そのために大量の森林伐採を行った為、最終的には土壌流失や感慨地の塩害によって食物が育たなくなり衰退した。紀元前2,000年前後に栄えたインダス文明も同様の事情で滅亡したとの説が有力だそうだ。

産業革命後の200年で10倍もの世界の人口爆発が起きたのは石炭のおかげだそうである。安価で大量のエネルギーを作り出す石炭が、繊維製品・金属製品・鉄道・汽船の大量供給を可能にし、民衆の暖衣飽食を支え、死亡率を大きく低下させたので人口爆発が生じたという。こんなことは山川出版の『詳説 世界史』に載っていない。

後々ヒトラー最大の戦略ミスと言われるようになった第二次世界大戦中の独ソ開戦は、技術楽観論に基づくヒトラーのエネルギー戦略の致命的なミスが招いた結果だそうだ。ドイツは自国が東欧侵略を開始すれば米ソに石油禁輸措置をかけられるのは目に見えていた。そこでヒトラーは不足する石油を代替するために国内に豊富にある石炭からの合成石油の技術開発に邁進することになる。以降、ドイツは経済性度外視で合成石油の増産を試みている。しかし、結果的には合成石油の大増産計画の目標は達成できず、ソ連カスピ海油田があるコーカサスを占領しようと対ソ開戦に踏み切ったのだ。こんな歴史の裏話を読むと、某国首相の安易な技術楽観論に基づくエネルギー戦略を憂いてしまう。

その他、水車が奴隷の仕事を奪ってしまうのでローマ皇帝が水車の使用を一時禁止した等、エネルギー問題に関わる面白いエピソードが満載である。5,000円位の分厚い本を読んでやっと得られる情報が、たった100ページに纏まっているのだ。くどいようだが、これだけの情報の質で777円は安い。